この記事からわかること
- 企業の研究で重要な概念
- 良い研究をするための3ステップ
「メーカー研究職として、研究力は十分にあるだろうか?」と私は学生時代、不安に思ったことがあります。
大学で行っている研究の進め方が企業でも通用するか、わからなかったためです。
研究職として働いて数年が経ち、企業で働くうえで必要な「研究力」とは何か、理解できるようになってきました。
また、「新 企業の研究者をめざす皆さんへ」という本を読み、企業人として必要な「研究力」を深く理解できるようになりました。
この本は、研究職として働きたい就活生や、学生が読むと非常に有益であり、おススメです。
今回は、「新 企業の研究者をめざす皆さんへ」を参考に、私が考える企業での研究の考え方、進め方を紹介します。
私は有機合成を企業で行っていますので、有機化学を例とします。
なお、この本は研究開発マネジメントの手法なども掲載されており、既に研究職として働いている方にも有益です。
目次
「新 企業の研究者を目指す皆さんへ」はどんな本?
「新 企業の研究者を目指す皆さんへ」は、企業の研究者を目指す学生や、既に働いている研究者たちに、著者が理想とする企業研究者像を紹介した本です。
著者、丸山宏さんは、非常にユニークな経歴の持ち主です。
日本IBM(外資)、キャノン(国内メーカー)、統計数理研究所(アカデミア)、PFN(スタートアッップ)と、様々な研究現場を経験されています。
様々な現場を知っているからこそ、目指してほしい企業研究者像を、提供することができるのだと思います。
著者である丸山さんのメッセージは、企業の研究者として、人や社会を動かす研究をしようというものです。
その概念が「Research That Matters」です。
「Matter」とは、それにより、人が動く、社会が変わるということを意味しています。
ものごとの真理に立ち返って考える「研究」と、社会に存在する問題を解くという「マター」の姿勢を共存させることが、企業が行うべき研究なのです。
研究の進め方
3つのステップに沿って研究を進めることで、マターする研究をすることができます。
この3ステップを守って学生から研究することにより、企業での研究にすぐに対応できますし、就活でのアピールポイントになるでしょう。
マターするための3ステップは以下の通りです。
ポイント
- 問題を選ぶ
- 問題を解く
- まとめて伝える
問題を選ぶ
企業での研究で最も重要なのは、問題・課題を見つける事です。
マターする研究は社会の課題を解決する研究であるため、まずは世の中の問題を探し出すことが必要になります。
実際、化学メーカーで働いている私も、案件ごとに問題、課題を見つけることに、最も注力しています。
技術的な解くべき問題を見つけることこどが、お客様の課題解決となります。
見つけた課題は課題管理表を用いて、管理しています。
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参考理系研究開発職が実践している3つのタスク管理法
問題の見つけ方
課題の見つけ方は、主に2つあります。
- 最新研究をチェックする
- 社内の他テーマを学ぶ
最新研究をチェックする
1つ目は、最新研究をストックすることです。
論文を日々チェックし、まとめておくことで、世の中にどんな課題があるのか、どういうアプローチをすれば問題を解くことができるのかを考えることができます。
私は気になったり、調査した論文を、決まったフォーマットにまとめて整理しています。
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参考【研究開発職が実践】大量に読むための論文メモフォーマット
実際、過去に読んでいた論文の技術を、相談された案件に適応できたことが何度もあります。
文献ストックを習慣化しておくことで、技術課題を見つける目を養うことができるのです。
社内の他テーマを学ぶ
2つ目は、社内の他の研究員が行っている研究を深く知ることです。
自分の身近な研究例から、社会の課題やその解決方法を知ることができます。
社内のテーマであれば、社内で得意とする技術が使われている場合も多く、問題を解く上でも参考になるのです。
私の場合、チーム内の進捗会議でメンバーの進捗をメモしておき、定期的にふりかえることを習慣にしています。
研究テーマでどこに課題が生じやすいのか、社内の実例を見て学ぶことができるため非常に有益です。
問題を解く
問題の解き方には、いくつか方法があります。
ここでは、合成実験で用いる3種類の問題の解き方のアプローチを紹介します。
- 小さく分ける
- 仮説生成と検証
- パラメータの関係・因果を推論する
小さく分ける
難しい問題を小分けすることで、問題が解きやすくなります。
小さく分けると上手くいく一例が、モデル実験です。
複雑な基質で新規反応を行う場合、まずは単純なモデルで反応の条件を最適化した後、本番の基質で同様の反応を行います。
シンプルな問題をまず解くことで、真の課題の解決に近づくことができるです。
仮説生成と検証
仮説を立てて、実験などで検証することが研究の基本です。
よって、質の高い仮説-検証が企業の研究においても重要となります。
仮説作成のコツは、できるだけ多くの仮説を作成することです。
1つの問題に対して、1人だけではなくチーム全員で考える方がベターです。
仮説を多く立てるのは、より質の高い仮説を選択するためです。
実験にはコストがかかります。
特に企業での人件費コストは非常に大きく、むやみに実験数を増やすわけにはいきません。
立てた仮説の量が質の高い仮説を生み、質の高い仮説が検証のコストを削減するのに役立ちます。
私の場合、課題となる反応工程では、少なくとも3つは別条件で目的物を得る方法を挙げるようにしています。
その中で、確度が高いものから順に検証していくのです。
効率的に研究を進めるためにも、仮説の生成-検証を続けることが必要です。
パラメータの関係・因果を推論する
データを得た後は、データの解釈をします。
重要なのは、実験結果の関係と因果を考えることです。
あるパラメータを変更したときに、結果はどう変わるのか、関係性を探ります。
触媒を変更したら収率が変わるのか、基質の濃度は関係があるのかなど、実験系における関係性を調べます。
関係性を突き止めた後、その因果を考えます。
触媒Aはなぜ触媒Bよりも収率を向上させるのかなど、因果関係を推論します。
立体的影響なのか、電子状態による影響なのかなどですね。
因果関係を理解することによって、他の実験系においても、課題を解決することあできる可能性が高まります。
まとめて伝える
企業で働く研究者は、研究内容をまとめる意識が低い人が、意外と多いです。
「新 企業の研究者をめざす皆さんへ」にも、その点が指摘されています。
IBM、キヤノン、PFNと組織風土の異なる3つの研究組織を経験して私が感じることは、企業の研究者に「自分の研究をまとめる」という習慣があまりないことだ。
論文や特許にならなくても、研究成果を報告書としてまとめる必要があります。
自分がまとめておくことで、今後それを参考に社内の人が改善してくれる可能性もあるためです。
研究成果をまとめるということは、時間と空間を超えて、研究をスケールさせるコミュニケーションと言えます。
私は、社内での進捗報告会では、必ず技術的課題や解決策を共有するようにしています。
定期的にデータをまとめ、チーム内に共有するとで、研究内容を社会のため、人を動かすための駆動力とすることができるのです。
「まとめる」3つの内容
論文や特許、報告書や研究進捗など、研究活動における「まとめて伝える」内容は3つあります。
- 事実
- 法則
- 方法
この3つのどれかをまとめることで、研究内容が価値ある情報となります。
ある化合物を作ることができた、という情報を発信すれば「事実を伝える」発表となります。
反応開発で、広い基質範囲に適応できることが分かった場合は、「法則」を示したことに該当します。
合成手順にノウハウがあり、それを社内で共有した場合は「方法を伝える」研究まとめです。
3つの内容のどれかを満たすことを意識して、研究をまとめましょう。
研究の伝え方
研究を伝える際のポイントは、結論を最初に伝えることです。
研究背景や前提条件を長々と書いたり、話してしまったりすることが多いですが、これは避けるべきです。
読者や聴者がこの研究内容は知るべき情報なのかを判断するのに時間がかかってしまいますし、論旨も理解しづらくなります。
特に入社1、2年目の若手社員は結論をはじめに話さない傾向が強いです。
私は、チューターとして社員育成にも関わっていますが、進捗報告などで結論から話してもらうことを徹底しています。
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参考化学メーカー1年目が学ぶこと【3つのポイント】
学生の間から、主張をはじめに話す癖がついていると、企業研究者として良いスタートを切ることができます。
マターする研究を目指そう
マターする研究を行うために、「新 企業の研究者を目指す皆さんへ」で書かれている方法で私なりに実行している事を説明しました。
この方法を実践することで、企業研究者を目指す学生の皆さんは、就活でアピールポイントになるはずです。
ぜひ、「新 企業の研究者を目指す皆さんへ」を読んで、マターする研究を行いましょう!